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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)9004号 判決

原告 留日華僑北省同郷聯合会

被告(亡張道深訴訟承継人) 張鈴子 外六名

主文

一  被告らが訴外高長増に対する東京地方裁判所昭和五六年(ヨ)第五一〇号不動産仮差押申請事件の仮差押決定正本に基づき、昭和五六年二月三日別紙物件目録記載の建物に対してした仮差押執行を許さない。

二  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

三  本件につき当裁判所が昭和五六年九月二一日にした仮差押執行取消決定を認可する。

四  前項に限り仮に執行することができる。

事実

一  申立

1  請求の趣皆

主文第一、二項と同旨の判決を求める。

2  請求の趣旨に対する被告らの答弁

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

二  主張

1  請求原因

(一)  亡張道深、被告林高春子、同車維政、同坂本コウ(以下、この四名を被告四名という。)は、訴外高長増に対する東京地方裁判所昭和五六年(ヨ)第五一〇号不動産仮差押申請事件の仮差押決定正本に基づき、昭和五六年二月三日別紙物件目録記載の建物(以下、本件建物という。)に対して仮差押執行をした。

(二)  原告は中国北方各省の出身の留日華僑を会員とし、会員の愛国団結、大同合作、親睦和好、友愛互助を目的として設立され、会員大会を最高機関とし、大会で選出された理事及び監事若干名をもつて理監事会を構成し、その中から会長及び副会長を互選し、会長が会務全般を掌理し会を代表している、いわゆる権利能力なき社団である。しかして、本件建物は昭和二八年二月原告が新築し所有する(原告を構成する会員全員の総有に属する)ものである。

(三)  しかしながら、登記実務上、権利能力なき社団は所有者として不動産登記をすることができないので、本件建物については、便宜上原告の当時の代表者である高長増個人の名義で所有権の登記をしていたのであり、高長増の所有に属するものではない。

(四)  張道深は昭和五六年一〇月一七日死亡し、被告張鈴子、同張志臣、同張志文、同張桂英が相続した。

(五)  よつて原告は、本件建物の所有権に基づき、被告らの仮差押執行の排除を求める。

2  被告らの認否と抗弁

(一)  請求原因(一)は認める。

同(二)は否認する。過去には原告と同名の会があつたが、社団といえるようなものではなかつた。

同(三)のうち、本件建物につき高長増個人の名義で所有権の登記がなされていることは認め、その余は否認する。

同(四)は認める。

(二)  被告らは、高長増に対する損害賠償債権を保全するため、本件仮差押えをしているものであり、民法一七七条の第三者にあたるから、原告は被告らに対して公示なくして所有権を対抗することはできない。

(三)  また、原告はその主張のとおりであるならば構成員全員の共有登記をすべきであつたのに、高長増個人を所有者とする不実の登記をしたのであり、被告らはこれが不実であることを知らない善意の第三者であるから、民法九四条二項の類推適用により保護されるべきである。

3  抗弁に対する原告の認否

2(二)及び(三)はいずれも争う。

三  証拠関係

記録中の調書の記載を引用する。

理由

一  被告四名が高長増に対する東京地方裁判所昭和五六年(ヨ)第五一〇号不動産仮差押申請事件の仮差押決定正本に基づき昭和五六年二月三日本件建物に仮差押執行をしたこと、及び本件建物については高長増個人の名義で所有権の登記がなされていたことは、当事者間に争いがない。

二  原本の存在と成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第一七号証、成立に争いのない甲第五、第六号証、原告代表者尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一一、第一八、第一九号証、第二〇号証の一ないし四、第二一号証を総合すると、原告は中国北方各省出身の留日華僑を会員とし、会員の愛国団結、大同合作、親睦和好、友愛互助を目的として昭和二五年頃設立された団体で、会則を備え、会員全員の会議として会員大会があり、会員大会において選出された理事及び監事若干名をもつて理監事会を構成し、理監事会において理事の中から会長一名及び副会長二名を互選し、会長が会務全般を執行し会を代表するものとされていること、本件建物は、原告がその事務所を置くため、原告の所有地上に、会員の寄付金を資金としてこれを建築したものであるが、登記簿上は当時の会長の王永亮名義で所有権保存登記がされたこと、その後、後任の会長の林憲永から王永亮に対して本件建物の所有権移転登記を求める訴訟が提起されたが、林憲栄の死亡によりその後任の会長に選任された高長増が訴訟を承継し、この請求を認容した判決の確定により昭和四七年六月一五日高長増名義に所有権移転登記がなされるに至つたことが認められる。

右の事実によると、原告はいわゆる権利能力なき社団であつて、本件建物は原告の所有である(厳密にいえば、原告を構成する会員全員の総有に属する)が、権利能力なき社団は不動産登記法上その名において登記をすることができないと解され、登記実務もこれによつているため、代表者である会長の個人名で本件建物の登記をしているものであることが明らかである。

三  以上の事実関係のもとにおいて、被告四名が本件建物の仮差押に及んだのである。すなわち、原本の存在と成立に争いのない甲第四号証、乙第一号証、成立に争いのない乙第二号証、前記甲第一一、第一八号証、被告林高春子、同坂本コウ各本人尋問の結果によれば、亡張道深、被告林高春子、同車維政はいずれも原告の会員であり(なお、被告林高の亡夫林鈞信は原告の役員であつた。)、被告坂本コウは会員ではないが、原告と事務所を同じくし留日華僑によつて組織されている協同組合大同合作社の主宰する無尽に加入し、同社に預け金もしていた関係から、本件建物に出入りし、原告の催した親睦旅行にも同行するなどして、原告の会員とも交際があつた者であるところ、被告四名は大同合作社に対する預け金が回収不能になつたことについて、その代表理事である高長増の責任を問い、中小企業等協同組合法三八条の二第二項により同人に対し損害賠償請求権を取得したとして、同人名義の不動産を探索の上、本件建物について仮差押決定を得たものであることが認められる。

四  そこで、被告らは、先ず、本件を対抗問題であるとし、原告の所有権は公示なくして被告に対抗できないと主張する。

たしかに、権利能力なき社団の代表者は社団財産の受託者としていわば信託的にその権利主体となつていると考えるならば、代表者個人名義の登記も全く真実に符合しないというべきではなく、したがつて代表者個人に対する債権者との関係を対抗問題ととらえる考え方も理由がないわけではない。しかし、現在の不動産登記法の解釈及び登記実務上、権利能力なき社団は社団名義で登記することも社団代表者がその肩書付きで登記することも許されず、代表者個人名義で登記する途しか残されていない以上、そのようにして唯一の可能な方法の登記をした社団を第三者に対する関係で保護するのでなければ、権利能力なき社団としての活動は保障されえないこととなる(ことに本件においては、被告四名のうち三名は原告の構成員であるという意味において純然たる第三者とはいえず、その個人としての利益に重きを置くべきでない。)。権利能力なき社団の実体に即応した財産関係の公示手段が十分に備わつていない現状のもとにおいては、権利能力なき社団は代表者個人名義の登記のままで第三者に対しその権利を対抗することができるものと解するのが相当である。

五  被告らは、さらに、民法九四条二項を類推適用して善意の第三者を保護すべきであると主張する。

しかし、すでに述べたように、権利能力なき社団は代表者個人名義でしか登記ができないのであるから、真正な登記をすることができたのにあえて個人名義の登記をしていた者と同列に論じて虚偽表示の規定を類推適用するのは妥当でない。のみならず、前記三で認定したとおり、被告四名のうち三名は原告の会員であつて、ここにいう第三者に当たるとするのは疑問があり、また被告坂本コウについては、前記認定のような従来からの経緯に加えて、弁論の全趣旨により本件建物の写真と認められる甲第八号証、第一五号証の一、二及び被告坂本コウ本人尋問の結果(一部措信しない部分を除く)によると、本件建物の入口には常時原告名の看板が掲げられており、とりわけ本件仮差押に先立ち大同合作社の債権者集会が開かれた昭和五六年一月二八日当時には、本件建物に原告を建築主とする四谷ビル新築工事の建築計画の掲示もされていて、被告坂本は出入りの際に当然これらを現認しえたはずであると認められ、これらの事情に照らすと、被告坂本の供述にかかわらず、同被告が本件建物の真実の所有関係を全く知らなかつたとはたやすく認めがたいといわざるをえない。

よつて、いずれにせよ被告らの右主張もまた採用できない。

六  請求原因(四)の事実(相続)は当事者間に争いがない。

七  そうすると、原告は被告らに対し本件建物の所有権を主張して被告らの仮差押執行の排除を求めることができるというべきであり、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮差押執行取消決定の認可と仮執行宣言につき民事執行法一七四条四項、三八条四項、三七条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井正雄)

(別紙) 物件目録〈省略〉

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